エクアドルやまやま話~大雪山のふもとへお引越

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カトリックの教え

今日5年生の教室に行くと、
「convivenciaがあるから、算数はできない。」
といわれました。
「一緒に行きましょう。」
と誘われるままに教会の会議室へ。

まず、シスター(エルマーナ)と子供たちが歌って踊って、リラックス。
次に聖書か聖人の訓示か読み上げます。
そして、黒板に記述済みの「ごみはゴミ箱へ捨てよう。」を確認。
その後、折り紙をしたけれど、できあがったのはなんと、
十字架。
目からうろこの作品。
十字架を折り紙で作る発想は日本人にはないですね。。。

見ていて感じたのは、
「こうやってラテンアメリカにカトリックが広まっていったんだなあ。」
ということ。

たぶんマヤやインカ文明が滅亡し、
それまで守ってきたルールやしきたりが通用しなくなったメスティソ中心の社会には、
頼れる政府や国もなく、何か精神の柱が必要だったんだと思う。
国や政府が自分たちを守ってくれる憲法や法を制定してくれれば、
新たな規則は必要ない。
でも国も政府もラテンアメリカを侵略しに来たスペイン人のもの。
本当に自分たちを守ってくれる、
自分たちの守るべき規範がほしかったんじゃないだろうか。

そこで宗教。
カトリック。

詳しいことはわからないけれど、
歌って踊れるシスター(エルマーナ)たちの指導は堂に入っている。

「ごみをゴミ箱へ」
日本では当たり前だけど、
こっちではその辺に(部屋の中ですらその辺に)捨てるのが当たり前。

「主の御心のままに。」

ごみはゴミ箱へ。
当たり前のことが当たり前にできないことに違和感を覚えていたら、
きっとすんなりこうした教えは心の中に入ってきて、
「そうだ!そのとおり!カトリックの教えは正しい!私もカトリックになろう」
となるのではないだろうか。


私が言うよりよっぽど効果がある「教え」。
そして、政府が啓蒙するよりも、ここでは効く。

開発途上国における宗教のパワーをひしひしと感じたconvivenciaでした。
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by mizuho_mizzy | 2010-02-05 05:32